2024年7月16日。
僕は会社を辞めた。
正確には7月末付の退職で、残りは有給消化だった。拍子抜けするほど穏当な終わり方だった。
送別会もなければ、大げさな区切りもない。
数年間住んだ部屋を引き払い、荷物をまとめ、気がつくと僕は茨城県の大洗にいた。
その日の深夜、日付が変わった7月17日午前1時45分に、北海道行きのフェリーは出る。
日本一周サーフトリップの初日は、そんなふうに日付をまたいで始まった。


旅の始まりというものは、もっと劇的なものだと思っていた。
だが実際には、ただ予約していた深夜のフェリーに乗るだけだった。
港には巨大な船が、何事もない顔で停泊していた。これから北海道へ向かう船だった。
旅立ちの場所にしては、妙に現実的だった。胸が高鳴っていないわけではない。
ただ、それ以上に、ひとつの生活を本当に閉じてしまったのだという感覚のほうが強かった。
もう会社には戻らない。
あの部屋にも戻らない。
そう思うと、解放感より先に、足元が少しだけ頼りなくなった。
それでも船は時間になれば出る。
こちらの事情など待ってはくれない。


乗り込んでしまえば、あとは海の上だった。
電波はあてにならず、やることも多くない。

風呂に入り、売店をのぞき、ラウンジでぼんやりする。
移動しているはずなのに、時間だけがその場に置き去りにされたようだった。
こういう時間は嫌いではない。
何かをしていないと落ち着かない陸の生活から、少しずつ身体がはがれていく。
相部屋の雑な気配にも、冷凍食品の味にも、船旅らしい愛想のなさがあった。
快適とは言いがたいが、不思議と悪くなかった。
旅はたいてい、少し不便なくらいがちょうどいい。
18時間ほどして、苫小牧に着いた。
北海道の夜はまだ明るかった。

フェリーターミナルを出ると、空気は思っていたほど涼しくなかった。
北の大地と聞いて勝手に期待していた涼しさはなく、むしろ湿気がまとわりついてきた。
旅というものは、こういう小さな裏切りから始まる。
とにかく腹が減っていた。
船の中でやり過ごした軽食だけでは、さすがに心もとない。
食べログとGoogleマップを頼りに見つけた蕎麦屋に入った。



頼んだのは、季節限定のすだち冷やがけ蕎麦と鴨焼きだった。
昔から限定という言葉に弱い。
旅に出た人間は、少しは大胆になるのかと思っていたが、こういうところは何も変わらないらしい。
食事は美味かった。
それだけで、初日の心細さが少し薄れた。
店を出て、寝られそうな場所を探した。
この先、120日。
毎晩きちんとした屋根の下で眠れるとは限らない。
そう思うと不安もあったが、同時に、ようやく旅が始まったという気もした。
波を追いかけて日本を一周する。
口にすると大げさだが、その夜の僕は、まだ何者でもなかった。
ただ、会社を辞め、部屋を引き払い、船に乗って北海道まで来ただけの男だった。
初日は、それで十分だった。
To be continued.
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