2024年7月25日。
北海道に入って9日目の朝。
目が覚めたのは、朝6時過ぎだった。
アラームをかけていたわけではない。
それでも、サーファーの体は不思議と朝に強くなっていく。
夜明け前から波を気にして、風を気にして、潮を気にして。
そんな生活を続けていると、自然と早起きのリズムが染みついていく。
もっとも、キャンプ生活の場合は、自分の意思というより、周囲の足音や車のドアの音で目が覚めることも多いのだけれど。
コンビニでおにぎりとお茶を買い、車を北へ走らせる。
目指すは日本最北端、北緯45度の街・稚内。
最初に辿り着いたのは、苫前町のとあるビーチだった。

海を見た瞬間、少しだけ期待した。
地形も悪くなさそうで、ぱっと見はサーフィンできそうな雰囲気がある。
けれど、少し観察すれば分かる。
まとまりのない風波。
割れそうで割れないピーク。
もちろん、サーファーの姿はひとりもなかった。
北海道の日本海側は、地図で見るといかにも夢がありそうに見える。
長く続く海岸線。人の少ないビーチ。未知の河口。
でも、実際に走ってみると、波を当てるのは簡単じゃない。
それでも、こういう場所を一つひとつ見ていくのが、この旅の面白さでもある。
次のビーチへ向かう前に、少し内陸へ寄り道した。
向かったのは、苫前町の森の中。
日本史上最悪の熊害事件とも言われる、三毛別羆事件の現場だ。

車窓から見える景色が田園地帯から山林へと移り変わり、空気が少し重くなった気がする。
観光地というより、森そのもの。
いつヒグマが出てきてもおかしくないような、張りつめた静けさがあった。
幸い、ヒグマには遭遇しなかった。
ただ、代わりにハチの襲来を受けた。
一瞬で現実に引き戻される。
写真を撮る余裕もほどほどに、急いで車へ避難した。
北の大地は美しい。
けれど、人間が簡単に踏み込んでいい場所ばかりではない。
そんな当たり前のことを、肌で思い出させられる場所だった。
再び海沿いへ戻り、次にやって来たのは海水浴場。

ここはトイレもシャワーもあり、無料のキャンプ場まで併設されている。
サーフトリップ中の人間からすれば、かなりありがたい場所だ。
波の期待値は高くない。
けれど、道北エリアを動くためのベースとして考えるなら、十分にアリだと思った。
海水浴客はほとんどいなかった。
それでも海の家は営業している。
北海道の道北まで来ると、海水浴場という存在そのものが少し珍しく感じる。
本州の夏の海とは、空気がまるで違う。
そこから2キロほど北上し、もう一つのビーチをチェックした。

何も知らなければ、間違いなく通り過ぎてしまうような場所。
国道沿いの空き地に車を止め、海を見る。
風の影響で面はザワついていた。
ウネリも小さく、まとまりがない。
典型的な風波コンディションだった。
空は晴れている。
北海道ドライブは気持ちいい。
旅としては最高だ。
でも、サーフィンはそう簡単にはさせてくれない。
近くには「ヒグマ注意」の看板。
波がなくても、別の意味で緊張感だけはある。
さらに北上し、苫前町を抜けて羽幌町へ入った。
次にチェックしたのは、とあるリバーマウス。
河口の地形は悪くなさそうだった。

ただ、この日も風の影響は強く、コンディションは微妙。
さらに前日の雨の影響なのか、海水はかなり濁っていた。
入る気にはなれなかった。
けれど、地形そのものには可能性を感じた。
こういう場所は、すぐに答えを出す必要はない。
うねりの向き、風、潮、雨の影響。
条件が変われば、まるで別の顔を見せることがある。
次回チェックしたいポイントとして、頭の中にブックマークしておく。
すぐ隣の港からは、焼尻島・天売島行きの船が出ていた。
サーフィンできるかどうかは分からない。
それでも、離島という言葉にはどうしても反応してしまう。
いつか行ってみたい。
そんな場所が、また一つ増えた。
気がつくと、時刻は11時を過ぎていた。
海を見て、車を走らせ、また海を見る。
そんなことを繰り返していると、時間はあっという間に過ぎていく。
ちょうど飲食店が開き始める時間だったので、羽幌町でランチにすることにした。
向かったのは、海産物直売所を兼ねた食堂。
注文したのは、羽幌名物のエビをふんだんに使った海鮮丼。

丼の上には、複数種類のエビが並んでいた。
甘みの強いエビ、食感のいいエビ、濃厚なエビ。
波は外しても、飯で取り返す。
サーフトリップには、こういう日がある。
腹を満たして、再び北へ。
ここからは、しばらくロングドライブになる。
左手には日本海。
右手には原野と風車。
道はひたすら北へ伸びていく。
日本海オロロンライン。
北海道の雄大さを、これほど分かりやすく感じられる道も少ない。
ただ、サーファー目線で見ると、なかなか厳しい海岸線でもある。
海はずっと見えている。
けれど、インサイドにはテトラが続き、ビーチと呼べる場所は少ない。
リーフらしい地形もなかなか見当たらない。
小さな河口はいくつかあった。
そのたびに車を止め、海を覗く。
でも、どこもフラットだった。

「稚内まで62km」
標識が目に入る。
ずいぶん遠くまで来た。
そう思った。
旅に出る前は、北海道の距離感を分かったつもりでいた。
けれど、実際に走ってみると、その大きさは体に染みてくる。
大きめの河口を見つけ、もう一度車を止めた。
ここにも波はなかった。
ただ、近くで道路工事をしていた警備員さんに話を聞くと、たまにサーファーを見かけることがあるらしい。
やっぱり、ここはサーフポイントなのだろう。
波がなければ、地元の人の言葉を拾う。
それもまた、波探しの一部だ。
さらに北へ向かう。
右手には風車の群れ。
左手には鉛色の日本海。
晴れているはずなのに、海の色はどこか重い。
明るい南国の青ではない。
冷たさと広さを含んだ、北の海の色だった。
目的地の漁港に着いた。

ここは漁港の南北でサーフィンできるらしい。
車を降り、まずは南側をチェックする。
残念ながら、コンディションは良くなかった。
次に北側。
こちらも厳しい。
漁港内には、ちょっとしたビーチもあった。
もし外海が大きく荒れた日なら、ここにも波が回り込むのかもしれない。
もちろん、この日はただの妄想で終わった。
それでも、波が立つ日の景色を想像しながら地形を見るのは楽しい。
サーファーは、目の前に波がなくても、頭の中で波を立てる生き物なのかもしれない。
そして、ついに稚内市へ入った。
目的地の漁港に到着する。
目の前には、利尻島。

そのシルエットを見た瞬間、ここまで来た実感が一気に湧いた。
海面は、今日見てきた中で一番きれいだった。
風の影響も少ない。
ただ、肝心のウネリがない。
よくてセットでスネ。
ロングボードなら、どうにかテイクオフできるかもしれない。
でも、心は動かなかった。
夏の道北。
この時期にウネリの期待値が低いのは仕方ない。
それでも、ここで海を見られただけで十分だった。
日本の北の端に近い場所で、サーフボードを積んだ車から海を眺めている。
それだけで、旅をしている意味はある。
冬になると、このあたりにはアザラシが越冬に訪れるらしい。
いつか冬に来て、アザラシと同じ海で波を待つ。
そんな想像をしたら、少しだけ笑えてきた。
日が傾き始めた。
温泉へ向かう前に、ノシャップ岬へ寄ってみることにした。

晴れていれば、利尻島と礼文島がよく見えるらしい。
この日は雲が増え、視界はそこまで良くなかった。
それでも、岬に立つイルカのオブジェは妙に味があった。
観光地らしさと、最果て感が同居している。
それにしても、稚内はエゾシカが多い。
市街地の近くでも普通に歩いている。
本州の感覚なら驚く光景だけど、地元の人にとっては日常なのだろうか。
野生動物との距離が近い。
それもまた、北の街らしさなのかもしれない。


その後、日本最北の温泉へ向かった。
この日は300km以上走っていた。
体は思っていた以上に疲れていた。
湯船に浸かると、肩の力が抜けていく。
海には入れなかったけれど、波を探して走り続けた一日だった。
サーフィンをした日だけが、サーフトリップではない。
波を探し、外し、土地を知り、また次の海へ向かう。
その全部が、旅の一部だと思う。
夜は稚内市街地の居酒屋へ。

北国の居酒屋には、それだけでいい雰囲気がある。
注文した料理はどれも美味しかったが、特に印象に残ったのはエゾシカのジンギスカンだった。
昼間にあれだけエゾシカを見たあとで食べるのは、少し不思議な気分でもある。
けれど、北の土地で北のものを食べる。
旅の夜としては、これ以上ない。
ビールを2杯飲むと、体に心地よい疲れが回ってきた。
宿に戻り、ベッドに横になる。
まぶたが重い。
今日は波には乗れなかった。
けれど、苫前から稚内まで、日本海をずっと北へ走った。
鉛色の海。
風車の並ぶ道。
遠くに見えた利尻島。
そして、波の気配だけを探し続けた一日。
明日はオホーツク海へ。
To be continued.
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