2024年7月26日。
北海道10日目。
朝4時過ぎ、自然と目が覚めた。

すでに外は明るい。
北海道の朝は早い。
空では、早朝からウミネコが騒がしく飛び回っていた。
車の中で体を起こし、何気なく現在地を地図アプリで確認する。
ずいぶん遠くまで来たものだと思った。
関東からフェリーで北海道へ渡り、そこから10日間、ひたすら海沿いを走ってきた。
気がつけば今、自分は日本最北の街にいる。
地図の上では分かっていたはずなのに、実際にそこへ来てみると、北海道の広さ、そして日本という国の大きさをあらためて実感する。
簡単に朝食を済ませ、まずは最寄りのサーフポイントをチェックすることにした。
最初のポイントへ向かう道中、沿道に広がる農場には牧草ロールが無数に転がっていた。
広い空。
緩やかな丘。
どこまでも続く道。
夏の北海道らしい、どこか牧歌的な風景だった。
だが、のんびりした空気は、突然前方に現れた光景で一変する。
道路の中央に、エゾシカが倒れていた。
おそらく車と衝突したのだろう。
北海道、特に道北や道東を走っていると、こうした場面に出くわすことがある。
北の大地を旅するということは、人間の都合だけでは進めないということでもある。
野生動物の気配が、当たり前のように生活のすぐそばにある。
気を取り直して、海へ向かった。
最初にチェックしたのは、利尻島を望むポイント。

ロケーションは最高だった。
天気も良い。
遠くに浮かぶ利尻島の姿も美しい。
けれど、波は小さかった。もちろんサーファーの姿も無い。
ただ、景色だけは文句なしだった。
次に向かったのは、稚内市内にある海水浴場のポイント。

ここもフラット。
波はない。
おそらく、日本最北の海水浴場になるのだろう。
しかし、サーファーはもちろん、海水浴客の姿も見えなかった。
海の家も営業している雰囲気はない。
もしかすると、今は海水浴場として開設されていないのかもしれない。
夏の北海道。
けれど、本州の海水浴場のような賑わいはない。
それが少し寂しくもあり、同時にこの土地らしさでもあるように感じた。
少し腹が減ってきたので、目をつけていた店へ向かう。
看板メニューはウニ丼。
せっかくなので、ウニとホタテ、さらにもう一種が乗った三色丼を注文した。
これだけ具材がしっかり乗って、2,820円(2024年7月当時)。
東京で食べたら、きっと倍以上はするだろう。
旅先で食べる海鮮には、土地の説得力がある。
目の前の海で獲れたものを、その土地で食べる。
それだけで味の感じ方が変わる。
ウニの濃厚さ、ホタテの甘み。
日本最北の街で食べる三色丼は、旅の朝にしては贅沢すぎる一杯だった。
食事を終え、もう一つどうしても行きたかった場所へ向かった。

宗谷岬。
北緯45度31分22秒。
日本最北端の地だ。
岬に立つと、風の質が変わったように感じた。
ただ寒いとか、強いとかではない。
ここが日本の国境であるという事実が、空気を少し特別なものにしている。
そして、はるか向こうには、ロシア連邦の領土である樺太(サハリン)が肉眼ではっきり見えた。
島国の日本に暮らしていると、外国を直接この目で見る機会はほとんどない。
海の向こうに外国が見える。
そしてその国は今もなお戦争を続けている。
それは想像していた以上に不思議な体験だった。
北の国境に立ち、外国を眺める。
旅の中でも、そう何度もあることではない。
宗谷岬を抜けると、車窓から見える海は日本海からオホーツク海へと変わっていく。
人生で初めて見るオホーツク海。
名前だけは何度も聞いてきた。
流氷、寒さ、北の海。
そんなイメージが頭の中にあった。
実際に目の前に広がるオホーツク海は、日本海と同じように鉛色で、どこか寒々しい海だった。
明るい夏の日差しの下でも、海そのものが持つ冷たさは消えない。
南国の海とはまるで違う。
波を探す旅は、ついにオホーツク海へと入った。

オホーツク海に入って、最初のポイントをチェックする。
寂れた漁港の横にあるビーチだった。
うねりは少し入っている。
ただ、風波でまとまりがない。
コンディションは良くなかった。
入れなくはないのかもしれない。
でも、無理して入るほどの波ではない。
諦めて、次へ向かう。
次のポイントも、漁港の東西にサーフィンできそうな地形があった。

面は悪くない。
ただ、インサイドには岩が点在している。
地形が分からない。
サーファーもいない。
地元民らしき人もいない。
この状況で初めての海に入るのは、さすがに気が引けた。
北海道ではよくあることだが、サーファーどころか、周囲に人っ子一人いない。
聞き込みをしたくても、聞ける相手がいない。
情報のない海。
誰もいないラインナップ。
それは自由でもあるが、同時にリスクでもある。
ここもパスして、さらに東へ進むことにした。
次にチェックしたのは、大きな漁港の横にあるビーチ。

ここもサーフポイントらしい。
面は悪くなかった。
けれど、ウネリが弱い。
またしてもノーサーフ。
宗谷岬を出てから、すでに100キロほど走っていた。
さすがに腹が減ってきた。
スマホを取り出し、食べログで店を探す。
しかし、この辺りにはほとんど飲食店がない。
本州の感覚で走っていると、北海道では時々こういうことが起きる。
町と町の距離が長い。
飲食店も、コンビニも、当たり前には現れない。
仕方なく、国道沿いの道の駅で昼食を取ることにした。
注文したのはホタテカレー。
この店の名物らしい。
派手なメニューではない。
でも、シンプルでうまかった。
次にこのエリアを走る時は、もう少し飲食店のリサーチをしておいた方がいい。
そう思いながら、また車を走らせた。
次にやって来たのも、漁港の横にあるビーチだった。

ここは波がそこそこあった。
面も悪くない。
ようやく入れるかもしれない。
そう思ったが、一つ大きな問題があった。
ビーチに降りられない。
いや、体ひとつなら、なんとか降りられなくもないかもしれない。
だが、サーフボードを抱えて、となると話は変わってくる。
安全に降りられるルートが分からない。
頼りになるローカルサーファーもいない。
地元の人の姿も見えない。
波はある。
でも、入れない。
サーフトリップでは、こういうこともある。
海に入ることだけが目的なら、強引に行く選択肢もあるのかもしれない。
でも、知らない土地の知らない海で、無理はしない。
ここも泣く泣くパスした。
この日最後に向かったのは、旅の前から目星をつけていた、とある岬のポイントだった。
高台から海を見下ろす。

小波ではある。
けれど、綺麗にブレイクしている。
セット間隔もちょうどいい。
風も合っている。
日も暮れかけていた。
このまま一日を終えるのは少しもったいない。
いや、ここで入らなければ、今日一日がただの波チェックで終わってしまう。
ここでサーフィンすることに決めた。
ポイントの目の前にはカフェがあった。
店員さんに、車を停めさせてもらえないか聞いてみる。
すると、快くOKをもらえた。
ありがたく駐車させてもらい、急いで準備をする。
初めてのポイント。
初めての海。
ストレッチをしながらも、心は高揚していた。
ボトムは、リーフ混じりのビーチといった感じだった。
波には少し癖がある。
厚めで、ダラダラと割れる波が中心。
決してパーフェクトではない。
雑誌に載るような波でもない。
それでも、良かった。
オホーツク海でサンセットサーフィン。
その事実だけで、心は十分に満たされた。
海には自分ひとり。
2時間弱、貸切のサーフィンだった。
北の海に沈んでいく光。
静かなラインナップ。
遠くに見える岬。
聞こえるのは、波の音と、微かな風の音だけ。
旅をしていると、波のサイズや点数では測れない、スペシャルな瞬間に出会うことがある。
この日の夕方が、まさにそうだった。
良い波かと聞かれれば、そうではないかもしれない。
でも、忘れられない波かと聞かれれば、間違いなくそうだった。
海から上がり、駐車させてもらったカフェへ入った。

コーヒーとケーキを注文する。
駐車させてもらったことへの、せめてもの礼でもあった。
店主と少し話をした。
このポイントには、サーファーがたまに来る程度らしい。
なるほど。
やはりここは、誰でも知っているメジャーポイントというわけではないようだ。
会計を終えると、店主がオニギリを差し入れてくれた。
旅先での、こういう小さな心遣いが本当にうれしい。
何か大きな出来事があったわけではない。
でも、こういう一瞬が、旅の記憶として深く残る。
波に乗ったこと。
コーヒーを飲んだこと。
オニギリをもらったこと。
その全部が、この日のオホーツク海での初サーフィンを特別なものにしてくれた。
ポイントの近くには温泉もあった。
海上がりの体を流し、露天風呂へ向かう。
目の前にはオホーツク海。
さっきまで自分が入っていた海が、湯気の向こうに広がっている。
これ以上ない時間だった。
冷たい北の海。
温かい湯。
夕暮れの余韻。
旅の疲れ。
すべてがゆっくり溶けていく。
この日は朝から稚内を出て、宗谷岬へ立ち寄り、日本海からオホーツク海へ入り、いくつものポイントをチェックした。
波がない場所も多かった。
入れない海もあった。
それでも最後に、貸切のサンセットサーフィンが待っていた。
だから旅はやめられない。
明日は、オホーツク海をさらに東へ。
網走を目指して走る。
To be continued…
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