2024年7月27日。
北海道11日目。
朝5時過ぎ、テントの中で目が覚めた。
外から何か音がする。
人の気配ではない。
テントの入口からそっと外を覗くと、そこにいたのは野生のキタキツネだった。
北海道ではよく見かける動物だが、寝起きにテントのすぐ外で出会うと、やはり少し驚く。
思わずスマホを取り出し、動画を撮った。
朝から思わぬ珍客。
北海道の旅は、こういう何気ない瞬間にも旅情がある。
テントを畳み、トイレに行き、歯を磨く。
寝起きのルーティーンをひと通り済ませる。
そして、6時にオープンするコンビニへ向かった。
北海道の田舎では、コンビニが24時間営業している方が珍しい。
本州の感覚でいると、少しだけ戸惑う。
けれど、こういう小さな違いにこそ、旅をしている実感がある。
簡単な朝食を買い、今日もオホーツク海沿いのサーフポイントをチェックしていく。

最初に向かったのは、河口のポイント。
風は弱い。
面も悪くない。
一見すると、少し期待できそうな海だった。
しかし、肝心の波はインサイドのショアブレイクのみ。
地形があまり良くないのだろうか。
ウネリが入っても、沖でしっかり立ち上がる感じがない。
残念ながら、ここはノーサーフ。
朝の静かな海を眺め、すぐに次のポイントへ向かうことにした。

次にやって来たのは、漁港の隣にあるビーチ。
左側には河口もある。
地図で見る限り、波の期待値は高そうな地形だった。
河口&漁港。
サーファーなら、このワードを聞くと少し期待してしまう。
しかし、ここもウネリは弱かった。
思ったより地形が深いのかもしれない。
海に入れば分かることもあるだろうが、そもそもサーフィンできるコンディションではない。
ここもパス。
オホーツクの海は、簡単には乗らせてくれないな。
そして、次に向かったポイントで、ちょっとしたハプニングが起きた。
到着したのは、紋別市にある北浜というポイント。
ちなみに場所はココ。
車を止め、波チェックをすると、海にはサーファーがいた。
久しぶりに自分以外のサーファーの姿を見つけた。
正直、かなりテンションが上がった。
オホーツク海に入ってから、サーファーどころか人影すらほとんど見かけていなかった。
そんな中でウェットスーツ姿の人間を見ると、それだけで妙に嬉しくなる。
ちょうど海から上がってくるサーファーがいたので、声をかけてみた。
「こんにちは!」
返事はなかった。
聞こえなかったのだろうか。
そう思い、もう一度挨拶をする。
すると、その男は一言だけ、低くつぶやいた。
「ココはローカルオンリー」
出た。
僕が一番嫌いな言葉だ。
サーフィンには、たしかにローカル文化がある。
その土地に住み、日々その海を見ている人たちがいる。
駐車場の問題、ゴミの問題、漁業者との関係、住民との距離感。
外から来る人間が配慮しなければならないことは、たくさんある。
それは分かっている。
でも、「ローカルオンリー」という言葉には、どうしても違和感がある。
その男は40代半ばくらいの髭面のサーファーだった。
こちらが話しかけても、ほとんど無視に近い態度を取る。
それでも、僕は聞いてみた。
「俺がサーフィンしたら嫌がらせでもする気?」
「どこ住んでるの?」
「仕事何してるの?」
男は無言のままだ。
それでもしつこく話しかけていると、ようやく男が口を開いた。
「ここでしかサーフィンしない」
「だから、他所の人間には来てほしくない」
なるほど。
要は、この男個人の感情のようだった。
僕は事前に駐車場を見ていた。
そこには、ここから遠く離れた札幌ナンバーの車が停まっていた。
つまり、ビジターサーファーの車だ。
「札幌から来てるサーファーいるみたいだけど?」
そう聞くと、男は答えた。
「彼は友達だから……」
それを聞いて、思わず言った。
「それってさ、ローカルオンリーじゃなくて、君の友達オンリーじゃん?」
男は黙った。
サーフィンの世界で語られる「ローカルオンリー」の多くは、結局こういうものなのかもしれない。
海を守るという大義名分の裏で、自称ローカルが身内以外を排除する。
もちろん、本当に守らなければならない海もある。
ビジターのマナー違反で問題が起きている場所もある。
だから、何でもかんでも開放しろと言いたいわけではない。
でも、挨拶もまともに返さず、理由も説明せず、ただ「来るな」と言うだけなら、それは文化ではなく単なるエゴだ。
無理やり入ることもできたかもしれない。
けれど、そんな気分ではもうなかった。
波がどうこう以前に、気持ちが冷めてしまった。
北浜はパスすることにした。
紋別市を後にして、網走方面へ向かう。
途中、サロマ湖畔の道の駅で休憩した。
観覧車まであり、ちょっとしたテーマパークのような雰囲気がある。

サロマ湖は、日本で三番目に大きい湖らしい。
一位は滋賀県の琵琶湖。
二位は茨城県の霞ヶ浦。
そして三位が、このサロマ湖。
地図では知っていても、実際にレイクサイドを走ると、その大きさを肌で感じる。
やがて、網走の手前、オホーツク地方の中心都市・北見市へ入った。
漁港をチェックしてみる。

波はところどころブレイクしているように見えた。
しかし、サーファーの姿はない。
ちょうど散歩中の年配の女性を見かけたので、話を聞いてみた。
どうやら、このあたりでサーファーを見かけることはほとんどないらしい。
彼女がそう言うなら、ここは一般的なサーフポイントではないのだろう。
礼を言い、次の場所へ向かうことにした。
次に辿り着いたのは、とある岬。
この周辺も、地形的にはサーフィンできそうだった。
岬の周りに点在するビーチを探検してみる。
トンネルの手前に、良さげな雰囲気のビーチを見つけた。
波が立てば面白そうな場所だった。
けれど、この日はコンディションがいまいち。
サーファーの姿もなかった。
そもそも、オホーツク海のサーフィン情報はほぼ無いに等しい。
太平洋側や日本海側と違い、ここにはサーフィン文化の匂いが薄い。
ポイント情報も少なく、実際に行ってみなければ何も分からない。
北海道の中でも、特に未開のフロンティア。
そんな雰囲気があった。
後ろ髪を引かれながらも、次のポイントへ向かう。

次に辿り着いたのは、海水浴場だった。
海を見ると、コシ〜ハラくらいの綺麗な小波が割れている。
サーファーは誰もいない。
これは入るしかない。
ここまで何カ所もチェックしてきた。
北浜では嫌な思いもした。
ようやく出会えた、入れそうな波。
見逃す理由はなかった。
ただ、現地では何やら設営作業が行われていた。
話を聞いてみると、なんとこの日は花火大会らしい。
しかも、このビーチが打ち上げ会場とのこと。
幸い、夕方までならサーフィンしても大丈夫とのことだった。
すぐに着替え、海へ向かう。
水温は思ったよりも温かかった。
計測してみると、20.8度。
真夏のオホーツク海は、青森や岩手の夏と大差ない水温だった。
千葉や茨城でも、南風が吹くと真夏に20度を下回ることがある。
そう考えると、オホーツク海だからといって極端に冷たいわけではない。
タッパーとトランクスで、2時間快適に波乗りを楽しめた。
波は小ぶりながら、形は悪くない。
誰もいない海で、のんびり波と戯れた。
しかも、夏の土曜日&天気は晴れ、という絶好のサーフィン日和に貸切だ。
オホーツク海二発目。
これは十分すぎる内容だった。
海から上がると、腹が減っていた。
網走市内のラーメン屋へ向かう。
注文したのは、名物らしいドロラーメン。
豚骨醤油系のラーメンだが、泥のような濃いスープだから「ドロ」なのだろう。
北海道のラーメンといえば、札幌の味噌、旭川の醤油、函館の塩が有名だ。
では、このオホーツクでは何が主流なのか。
この一杯を食べながら、そんなことを考えた。
旅先で食べるラーメンは、その土地の空気も一緒に吸い込むような感覚がある。
海上がりの体には、濃いスープがよく沁みた。
食後、再びポイントチェックへ向かう。
次に見たのは、漁港の横にあるビーチ。

見た感じ、リーフっぽい。
先ほどサーフィンした海水浴場よりも、ワンサイズ小さいように見えた。
沖に防波堤があるため、向きによってはウネリが入りづらいのかもしれない。
ここでも、またキタキツネに遭遇した。
後ろ姿は、どこかコーギー犬のようで愛らしい。
北海道の海沿いを旅していると、キタキツネは本当によく現れる。
最初は珍しくて毎回驚いていたが、だんだんと「また会ったな」という気分になってくる。
次に向かったのは、網走市内の外れにあるビーチ。
左に河口があり、地形は安定していそうだった。
サイズもモモ〜コシくらい。
風も弱い。
サーファーはゼロ。
入ろうと思えば、十分入れるコンディションだった。
しかし、なぜか強く惹かれなかった。
1ラウンド目を終えた後の2ラウンド目は、どうしても贅沢になりがちだ。
さっきの海水浴場で十分満たされていたこともある。
ここは次回サーフトリップのお楽しみに取っておこう。
そう決めて、この日最後のポイントへ向かった。
網走を抜け、ついに知床までやって来た。
北海道の東の果て。
世界自然遺産でもある知床半島。
その名前だけで、どこか特別な響きがある。
最後にチェックしたのは、河口のポイント。

波はモモ、セットでコシ。
ギリギリ腹くらいのセットも入っていた。
もちろん、サーファーはいない。
貸切。
遠くには羅臼岳が見える。
そのロケーションだけで、もう入る理由は十分だった。
ここで入らなかったら、きっと後悔する。
すぐに着替えて、パドルアウトした。
波は、入っているうちにどんどん小さくなっていった。
正直、コンディションだけで言えば、特別良い波ではなかったかもしれない。
でも、そんなことはどうでもよかった。
目の前に広がるオホーツク海。
遠くに羅臼岳。
周囲には誰もいない。
海に浮かんでいるのは、自分ひとり。
知床の大自然の中で貸切サーフィンをしている。
その経験だけで、十分すぎるほど価値があった。
サーフィンは、波の点数だけでは語れない。
むしろ旅の中では、点数のつけようがない海の方が、記憶に残ることがある。
この日のラストサーフが、まさにそうだった。
波は小さくなっていった。
本数も多くはなかった。
それでも、心は満たされていた。
気がつくと太陽は、遥か遠くに傾いていた。
脳内では野猿(※1)の『夜空を待ちながら』が再生されていた。
僕は、今日という一日に感謝した。
海から上がると、体はほどよく疲れていた。
一日の締めは、やはり温泉だ。
ちょうど近くに、温泉を併設した道の駅があった。
そこに向かい、湯船に浸かる。
温かい湯の中で、今日一日を振り返る。
朝はキタキツネに起こされた。
いくつもの海をチェックした。
北浜では、嫌な言葉にも出会った。
それでも、花火大会前のビーチでオホーツク二発目を決めた。
そして最後は、知床の大自然の中で貸切サーフィン。
いろいろあった。
でも、終わってみれば最高の一日だった。
サーフトリップは、思い通りにいかないことの方が多い。
波がない。
風が合わない。
地形が分からない。
人との相性が悪い。
入れそうで入れない。
それでも、走り続けていると、最後にご褒美のような海に出会うことがある。
だから、旅はやめられない。
明日は、知床半島をクルーズしてみよう。
To be continued…
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